四十八願はみな私のため

二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、
疑なく慮りなく、かの願力に乗じて、さだめて往生を得と信ず。(法の深信)

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとへに親鸞一人がためなりけり。」(歎異抄)


親鸞さまは「この親鸞のための本願」と思われるでしょうが

実は四十八願を建てられたのは私一人のためだったんですよ。

相済みません、聖人様。


十九、二十願は他人のためなんて「継子」だよ。
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No title

聖道門から浄土門に入られて、20願から18願に転入された親鸞さまは「この親鸞のための本願」と思われるでしょう。

何かおかしなところでも?

そんな親鸞さまが、19願は悪人には関係ないと仰っていますが、何か問題ありますか?
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浄土真宗の伝統教学を勉強しましょう。
御本典は何度も拝読しましょう。

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