二十願の念仏は簡単?

「悲しきかな、垢障の凡愚、無際よりこのかた助正間雑し、
  定散心雑するがゆゑに、出離その期なし。」(化土巻)



二十願は自力の専心ですが

「助正間雑し」

お念仏称えているのだけでは安心できなくて

阿弥陀経、正信偈も読誦しているし

阿弥陀様にいつも礼拝しているし

お花も供えているからいいだろうと助業を交える心が止まない。

これが正業と助業の区別がついてないから一心になれない。

「定散心雑する」

心がおちついていればお念仏に功徳が大きいように思い

心が乱れて思ってはならないことが思えてくるときは

「こんなことでは」と称えるお念仏も力がないように感じる。

自分の称え心に捕われて、名号を一心に信じられないので

二十願の行を成就することができないから

「出離その期なし」助からない。



簡単そうに思うなら若一日若七日一心不乱に念仏してごらん。





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No title

雑行を捨てないから難しいと勘違いしているだけでしょう。

名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。(御消息)

どこに、「名号をとなふといふ」ことが難しいとあるのですか?

親鸞聖人の御文で示してもらえますか?
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浄土真宗の伝統教学を勉強しましょう。
御本典は何度も拝読しましょう。

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