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極悪深重なのに宿因深厚

ただわが身は極悪深重のあさましきものなれば、
地獄ならではおもむくべきかたもなき身なるを、
かたじけなくも弥陀如来ひとりたすけんといふ誓願をおこしたまへりとふかく信じて、
一念帰命の信心をおこせば、まことに宿善の開発にもよほされて、
仏智より他力の信心をあたへたまふがゆゑに、
仏心と凡心とひとつになるところをさして、信心獲得の行者とはいふなり。(2−9)

極悪深重のわが身が宿善開発の機になろうとは、なんたる不思議。

曽無一善の私が、宿因深厚の大器とは。

御文のありがたさ、有り難さ。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏


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