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宿善まかせ

>「救われてもなお盛んな煩悩といかに向き合うのか」という問い

お答えはどうだったんですか?

いちいち向き合わねばならないのは大変ですね。


>これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。

これが「踊躍歓喜」なんですが。

「いかに向き合うか」も何も、煩悩具足だから喜べるので。

「こら阿弥陀 助けたいなら 助けさそ 罪は 渡さぬ 喜びのもと 」ってね。


まあ、宿善まかせですから。



「現代語訳」とか盛んに仰っているんですが

山辺赤沼の講義だったらだいたい合っているんではないでしょうか。

江戸時代まではどの御聖教も逐語訳というものはあまりないです。

現代の間違った学者で正しい現代語訳を示せと言われてもね、無理な注文。



私は歎異抄より御本典が好きです。



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逃げてはだめです

>>これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。

>これが「踊躍歓喜」なんですが。

それは以前指摘したように宗祖のお示しであって、唯円房の訴え――念仏申し候へども、踊躍歓喜のこころおろそかに候ふこと、またいそぎ浄土へまゐりたきこころの候はぬ――ではありませんよね。だから私は「管理人さんは「『歎異抄』第9条の唯円房は宗祖が諭されるまでは自力念仏の行者だった」とみておられるのでしょうか。」 と、何度もお尋ねしたのです。この点に関して過去のエントリーに見出される管理人さんのお答えは、

>お念仏となえていても慶べないのは「闇が破れていないから」です。

というものでしたから、ここ(『歎異抄』第9条)で、宗祖が唯円房の訴えを

親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。

と、ご自身のこととして受け止められ、「よくよく案じみれば――」と、懇ろにお諭しになられた態度とは、似ても似つかぬ極めて冷徹なものだと感じました。管理人さんは「自信教人信」の立場から逸脱されておられませんかね。


>「いかに向き合うか」も何も、煩悩具足だから喜べるので。

>「こら阿弥陀 助けたいなら 助けさそ 罪は 渡さぬ 喜びのもと 」ってね。

まさか煩悩具足をご自分の手柄のように考えておられるのではないでしょうね。挙げられたご法楽のお言葉はもちろんそんな意味ではありません。煩悩を捨てようと思っても捨てきれない、それこそが煩悩具足であるという意味での「罪は 渡さぬ」という悲しい述懐であり、またそのような煩悩具足の凡夫をこそ正客として救い給う阿弥陀仏の慈悲あってこその「喜びのもと」なのですね。そして「こら阿弥陀 助けたいなら 助けさそ」は、「領解文」に示される浄土真宗の安心、即ち「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけ候へとたのみまうして候ふ」にほかなりません。

管理人さんは前回、

>法鏡ですから。

とおっしゃられました。浄土真宗において、それは「煩悩と向き合う」ということと同義のはずでしょう。

>いちいち向き合わねばならないのは大変ですね。

そう、大変ですよね。でも、前回のコメントでも挙げましたが、

「信は仏辺に仰ぎ、慈悲は罪悪機中に味わう」

あらためてその通りだと思います。


>現代の間違った学者で正しい現代語訳を示せと言われてもね、無理な注文。

私はそんなことを言っているのではありませんよ。管理人さんの「通った」という

「二河譬の譬喩段は観経の顕説」
「『白道』の白は自力小善の路である」
「無常と罪悪に責め立てられて、自力の廻向発願心で白道を渡り」
「獲信は二河の中、白道上のこと」

ということについて、「二河譬」原文に則ってご説明してほしいとお願いしているのです。管理人さんは「現代の間違った学者で――」とおっしゃるけれども、仮にそうであったとしても、そのようなことは本件には関係ないでしょう。管理人さんご自身の領解をありのままに示せばよいのですから。

管理人さん、逃げてはだめです。

管理人さんの「二河譬」理解

「二河白道 譬喩段は観経の顕説」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-151.html

「二河白道2 獲信は二河の中、白道上のこと」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-152.html

「二河白道3 偽本願寺派の醜態」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-153.html

管理人さんの「二河譬」理解(続き)

「二河白道4 愚禿鈔は誤写?」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-154.html

「二河白道5 「白路」はどこに?」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-155.html

「「白道とは」と書かれてあっても「白路」ですか」
http://ikiruimiwositte.blog83.fc2.com/blog-entry-156.html

「ニ河譬」(「信巻」引文)

また一切往生人等にまうさく、いまさらに行者のために一つの譬喩(喩の字、さとす)を説きて、信心を守護して、もつて外邪異見の難を防がん。なにものかこれや。たとへば人ありて、西に向かひて行かんとするに、百千の里ならん。忽然として中路に見れば二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし。まさしく水火の中間に一つの白道あり、闊さ四五寸ばかりなるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交はり過ぎて道を湿す。その火焔(焔、けむりあるなり、炎、けむりなきほのほなり)また来りて道を焼く。水火あひ交はりて、つねにして休息することなけん。この人すでに空曠のはるかなる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊・悪獣ありて、この人の単独なるを見て、競ひ来りてこの人を殺さんとす。死を怖れてただちに走りて西に向かふに、忽然としてこの大河を見て、すなはちみづから念言すらく、〈この河、南北に辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きはめてこれ狭少なり。二つの岸あひ去ること近しといへども、なにによりてか行くべき。今日さだめて死せんこと疑はず。まさしく到り回らんと欲へば、群賊・悪獣、漸々に来り逼む。まさしく南北に避り走らんとすれば、悪獣・毒虫、競ひ来りてわれに向かふ。まさしく西に向かひて道を尋ねて去かんとすれば、またおそらくはこの水火の二河に堕せんことを〉と。時にあたりて惶怖することまたいふべからず。すなはちみづから思念すらく、〈われいま回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、われ寧くこの道を尋ねて前に向かひて去かん。すでにこの道あり、かならず可度すべし〉と。この念をなすとき、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く、〈きみただ決定してこの道を尋ねて行け。かならず死の難なけん。もし住まらばすなはち死せん〉と。また西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と。この人、すでにここに遣はし、かしこに喚ばふを聞きて、すなはちみづからまさしく身心に当りて、決定して道を尋ねてただちに進んで、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚ばひていはく、〈きみ回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。かならず死せんこと疑はず。われらすべて悪心あつてあひ向かふことなし〉と。この人、喚ばふ声を聞くといへども、またかへりみず、一心にただちに進んで道を念じて行けば、須臾にすなはち西の岸に到りて、永くもろもろの難を離る。善友あひ見て慶楽すること已むことなからんがごとし。これはこれ喩(喩の字、をしへなり)へなり。
 次に喩へを合せば、〈東の岸〉といふは、すなはちこの娑婆の火宅に喩ふ。 〈西の岸〉といふは、すなはち極楽宝国に喩ふ。〈群賊・悪獣詐り親しむ〉といふは、すなはち衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大に喩ふ。〈無人空迥の沢〉といふは、すなはちつねに悪友に随ひて真の善知識に値はざるに喩ふ。〈水火の二河〉といふは、すなはち衆生の貪愛は水のごとし、瞋憎は火のごとしと喩ふ。〈中間の白道四五寸〉といふは、すなはち衆生の貪瞋煩悩のなかに、よく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩ふ。いまし貪瞋強きによるがゆゑに、すなはち水火のごとしと喩ふ。善心、微なるがゆゑに、白道のごとしと喩ふ。また〈水波つねに道を湿す〉とは、すなはち愛心つねに起りてよく善心を染汚するに喩ふ。また〈火焔つねに道を焼く〉とは、すなはち瞋嫌の心よく功徳の法財を焼くに喩ふ。〈人、道の上を行いて、ただちに西に向かふ〉といふは、すなはちもろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ。〈東の岸に人の声の勧め遣はすを聞きて、道を尋ねてただちに西に進む〉といふは、すなはち釈迦すでに滅したまひて、後の人見たてまつらず、なほ教法ありて尋ぬべきに喩ふ、すなはちこれを声のごとしと喩ふるなり。〈あるいは行くこと一分二分するに群賊等喚び回す〉といふは、すなはち別解・別行・悪見の人等、みだりに見解をもつてたがひにあひ惑乱し、およびみづから罪を造りて退失すと説くに喩ふるなり。〈西の岸の上に人ありて喚ばふ〉といふは、すなはち弥陀の願意に喩ふ。〈須臾に西の岸に到りて善友あひ見て喜ぶ〉といふは、すなはち衆生久しく生死に沈みて、曠劫より輪廻し、迷倒してみづから纏ひて、解脱するに由なし。仰いで釈迦発遣して、指へて西方に向かへたまふことを蒙り、また弥陀の悲心招喚したまふによつて、いま二尊の意に信順して、水火の二河を顧みず、念々に遺るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命以後かの国に生ずることを得て、仏とあひ見て慶喜すること、なんぞ極まらんと喩ふるなり。

本願寺派の「ニ河譬」現代語訳

 また、往生を願うすべての人々に告げる。念仏を行じる人のために、今重ねて一つの譬えを説き、信心を護り、考えの異なる人々の非難を防ごう。その譬えは次のようである。
 ここに一人の人がいて、百千里の遠い道のりを西に向かって行こうとしている。その途中に、突然二つの河が現れる。一つは火の河で南にあり、もう一つは水の河で北にある。その二つの河はそれぞれ幅が百歩で、どちらも深くて底がなく、果てしなく南北に続いている。その水の河と火の河の間に一すじの白い道がある。その幅はわずか四、五寸ほどである。この道の東の岸から西の岸までの長さも、また百歩である。水の河は道に激しく波を打ち寄せ、火の河は炎をあげて道を焼く。水と火とがかわるがわる道に襲いかかり、少しも止むことがない。この人が果てしない広野にさしかかった時、他にはまったく人影はなかった。そこに盗賊や恐ろしい獣がたくさん現れ、この人がただ一人でいるのを見て、われ先にと襲ってきて殺そうとした。そこで、この人は死をおそれて、すぐに走って西に向かったのであるが、突然現れたこの大河を見て次のように思った。〈この河は南北に果てしなく、まん中に一すじの白い道が見えるが、それはきわめて狭い。東西両岸の間は近いけれども、どうして渡ることができよう。わたしは今日死んでしまうに違いない。東に引き返そうとすれば、盗賊や恐ろしい獣が次第にせまってくる。南や北に逃げ去ろうとすれば、恐ろしい獣や毒虫が先を争ってわたしに向かってくる。西に向かって道をたどって行こうとすれば、また恐らくこの水と火の河に落ちるであろう〉と。こう思って、とても言葉にいい表すことができないほど、恐れおののいた。そこで、次のように考えた。〈わたしは今、引き返しても死ぬ、とどまっても死ぬ、進んでも死ぬ。どうしても死を免れないのなら、むしろこの道をたどって前に進もう。すでにこの道があるのだから、必ず渡れるに違いない〉と。
 こう考えた時、にわかに東の岸に、〈そなたは、ためらうことなく、ただこの道をたどって行け。決して死ぬことはないであろう。もし、そのままそこにいるなら必ず死ぬであろう〉と人の勧める声が聞こえた。また、西の岸に人がいて、〈そなたは一心にためらうことなくまっすぐに来るがよい。わたしがそなたを護ろう。水の河や火の河に落ちるのではないかと恐れるな〉と喚ぶ声がする。この人は、もはや、こちらの岸から〈行け〉と勧められ、向こうの岸から〈来るがよい〉と喚ばれるのを聞いた以上、その通りに受けとめ、少しも疑ったり恐れたり、またしりごみしたりもしないで、ためらうことなく、道をたどってまっすぐ西へ進んだ。そして少し行った時、東の岸から、盗賊などが、〈おい、戻ってこい。その道は危険だ。とても向こうの岸までは行けない。間違いなく死んでしまうだろう。俺たちは何もお前を殺そうとしているわけではない〉と呼ぶ。しかしこの人は、その呼び声を聞いてもふり返らず、わき目もふらずにその道を信じて進み、間もなく西の岸にたどり着いて、永久にさまざまなわざわいを離れ、善き友と会って、喜びも楽しみも尽きることがなかった。以上は譬えである。
 次にこの譬えの意味を法義に合せて示そう。〈東の岸〉というのは、迷いの娑婆世界をたとえたのである。〈西の岸〉というのは、極楽世界をたとえたのである。〈盗賊や恐ろしい獣が親しげに近づく〉というのは、衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大をたとえたのである。〈人影一つない広野〉というのは、いつも悪い友にしたがうばかりで、まことの善知識に遇わないことをたとえたのである。〈水と火のニ河〉というのは、衆生の貪りや執着の心を水にたとえ、怒りや憎しみの心を火にたとえたのである。〈間にある四、五寸ほどの白い道〉というのは、衆生の貪りや怒りの心の中に、清らかな信心がおこることをたとえたのである。貪りや怒りの心は盛んであるから水や火にたとえ、信心のありさまはかすかであるから四、五寸ほどの白い道にたとえたのである。また、〈波が常に道に打ち寄せる〉というのは、貪りの心が常におこって、信心を汚そうとすることをたとえ、また、〈炎が常に道を焼く〉とは、怒りの心が信心という功徳の宝を焼こうとすることをたとえたのである。〈道の上をまっすぐ西へ向かう〉というのは、自力の行をすべてふり捨てて、ただちに浄土へ向かうことをたとえたのである。〈東の岸に人の勧める声が聞こえ、道をたどってまっすぐに西へ進む〉というのは、釈尊はすでに入滅されて、後の世の人は釈尊のお姿を見たてまつることができないけれども、残された教えを聞くことができるのをたとえたのである。すなわち、これを声にたとえたのである。〈少し行くと盗賊などが呼ぶ〉というのは、本願他力の教えと異なる道を歩む人や、間違った考えの人々が、〈念仏の行者は勝手な考えでお互いに惑わしあい、また自分自身で罪をつくって、さとりの道からはずれ、その利益を失うであろう〉とみだりに説くことをたとえたのである。〈西の岸に人がいて喚ぶ〉というのは、阿弥陀仏の本願の心をたとえたのである。〈間もなく西の岸にたどり着き、善き友と会って喜ぶ〉というのは、衆生は長い間迷いの世界に沈んで、はかり知れない遠い昔から生れ変り死に変りして迷い続け、自分の業に縛られてこれを逃れる道がない。そこで、釈尊が西方浄土へ往生せよとお勧めになるのを受け、また阿弥陀仏が大いなる慈悲の心をもって浄土へ来れと招き喚ばれるのによって、今釈尊と阿弥陀仏のお心に信順し、貪りや怒りの水と火の河を気にもかけず、ただひとすじに念仏して阿弥陀仏の本願のはたらきに身をまかせ、この世の命を終えて浄土に往生し、仏とお会いしてよろこびがきわまりない。このことをたとえたのである。
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