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一切の善人は信心獲得できない

> >御本典には「すべての善人は信心獲得できない」とはっきり書かれています~
>
> 「本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに」のお言葉をすっとばして読んでいるんじゃないですか。
> 聖人のお言葉をそのまま素直に読みましょう。

>本願名号を己の善根となす自力念仏往生は他力の中の自力の仏道、
>すなわち「横出」であり、阿弥陀仏のご本願たる他力念仏往生、
>すなわち「横超」ではありませんからね。そこに迷うなとおっしゃられているのです。



「本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに」を略すると意味が変わるとでも?
「一切善人」とちゃんと書かれてあるでしょ。
どこ読んでるんだ。



「おほよそ大小聖人・『一切善人』、本願の嘉号をもつて
おのれが善根とするがゆゑに、信を生ずることあたはず、仏智を了らず。」



ブログの主旨に反する、教義とは関係ない言葉のいくつかは
禁止ワードに設定させていただきました。
悪しからずご了承ください。
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略してどうするの

>「本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに」を略すると意味が変わるとでも?

変わりますよ。

おほよそ大小聖人、一切善人、本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに、信を生ずることあたはず、仏智を了らず。かの因を建立せることを了知することあたはざるゆゑに、報土に入ることなきなり。
          (「化身土巻」 真門釈 結誡)

大乗や小乗の聖者たちも、またすべての善人も、本願の名号を自分の功徳として称えるから、他力の信心を得ることができず、仏の智慧のはたらきを知ることがない。すなわち阿弥陀仏が浄土に往生する因を設けられたことを知ることができないので、真実報土に往生することがないのである。
          (同 現代語訳)

「本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに」は「本願の名号を自分の功徳として称えるから」に当たりますが、ここの「ゆゑ」とか「から」は理由や条件をあらわす言葉ですよね。言い換えると言表事態――ここでは大小聖人・一切善人の獲信と報土往生――をさらに限定しているということです。

それを略したら意味が変わってしまうでしょうが。

質問

A:管理人さんは「一切衆生=一闡提 」を主張するから、「 一切の善人は信心獲得できない 」などとは主張できないはずである。

B:管理人さんは、「 一切の善人は信心獲得できない 」などとは主張できないはずである。

ほら、AとBは意味が変わるでしょう。

……ということより私がお尋ねしたいのはもちろんAの方で、管理人さんは「一切衆生=一闡提 」を主張するのに、何故「 一切の善人は信心獲得できない 」などと主張できるのでしょうか、ということです。よろしければ詳しくご説明ねがいます。
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